フェ○チオ北海道

新人監督・苅谷文が、巨匠・平野勝之を追いかける期間限定ドキュメンタリー。

私が旅に出る理由

平野勝之と初めて会ったのは、今年の3月だった。
初めて出会った日から、私は、「私と平野さん」を撮影している。
目的はなかった。
ただ、予てからファンであった(と言っても、平野さんを知ったのは今年の1月なので、まだファンになって間もないのだが…)平野監督に会えたのが嬉しくて、夢中でカメラを回しただけだった。
私がビデオカメラというものを持ち始めて、実に3ヶ月目の話だ。

今考えれば、初対面の人に突然カメラを向けるだなんて、ご無礼な話なのだけど、なんと!幸運にも、その後、そのテープは平野さんが監督する作品に活用されることになり、それをきっかけに、私は平野さんとお仕事をご一緒させて頂く事になったのだ。
そのお仕事というのは、あるものに焦点を当てたドキュメンタリーの撮影で、(公開前なので詳細は伏せます)私の撮影したテープがその作品内に組み込まれるのに重ねて、私も登場人物として出演させて頂くことになったのだ。
平野さんからその仕事の依頼を受けたときは、寝耳に水な話でビックリしたのだけど、願ったり叶ったりで、断る理由もなく、引き受けた。
そして、この作品中、私が平野さんを撮影させて頂く機会が度々あり、私としては、「平野さんを撮る」という行為が、初めて会った日から続くことになるのだった。

ただ、現在の平野監督は、ちょうど低迷期にあり、自らカメラの前で「平野勝之は今、絶滅の危機にある。保護キャンペーン実施中」と語る程で、そんな平野さんをファインダー越しに覗くのは、心の折れる思いだった。
この現状をどうにかしたいと願うものの、無力な私は、ただ、目の前にいる平野さんにカメラを向けることしかできなかった。

そんな折、平野監督にとって、転機となる出来事が起きた。
(詳しくは、長くなるので端折る)
何かが変わる予感がして、カメラを向けると、「もう前みたいなことは言わない」と平野さんは宣言してくれた。
本当に嬉しかった。
この瞬間、私は「平野勝之が蘇るところを撮る!」と心に決めたのだった。

そして、上記のドキュメンタリー撮影のクランクアップの日、私は平野さんに「平野ドキュメンタリーを撮りたい」と打ち明けた。
器の広い平野氏は、ふたつ返事でOK。
時期は、ちょうど、平野さんが毎年恒例の北海道自転車ツーリング旅行に出る直前であった。

当然、「私も行く!」という展開になり・・・・・

私も8月から北海道へ行く事になった。
もちろん、自転車を連れて。

実は、ただ雰囲気に流されているだけのような気がしないでもないが…、そこは考えずにおこう。
とにかく、私が旅に出る理由は「平野勝之」である。
勢いまかせの旅が始まろうとしている。